丸川知雄教授との仕事関係のメールが年間700通以上もありましたが学生として研究指導は断られました

2014年1月月1日から2014年11月15日まで、丸川知雄教授と関わるメールのやりとりは700通以上ありましたが、そのなか、私の研究に関するのはただ十数通で、しかも基本的に丸川知雄教授が一方的に研究指導を断った旨のメールです。残る700強のメールは全部社会科学研究所の仕事関係のもので、中には私の人格を否定したメールもありましたが、ほかの人へのメールで、私をCCに入れて、ほかの方の前で私の人格を貶めたのもありました。

 

私は東京大学のいわゆる事実調査班に「2012年4月以来、3年間で研究指導を私が受けたことは一回しかありませんでした。ほかの時に丸川知雄教授に研究指導を断られました」、「丸川知雄教授との仕事関係のメールが年間700通以上もありましたが研究指導は断られました。」と申し立てましたが、

小森文夫教授:そこも認識が違うところで、丸川先生としては退職したいということで全部引き継ぎしたんですけども、また体調がよくなれば戻ってくる、また仕事に復帰するんではないかと考えていたということなんですね。

私:私、メールで丸川先生に申したのは、毎日学校でいじめを受けて精神的に耐えられないので仕事を辞めさせていただきます。

以上は2015年8月3日の反訳の一部です(録音あり)。

小森文夫教授は事実調査班班長で、東京大学物性研究所所属です。

実際に当時丸川知雄教授がメールで私の退職にオーケーを出しましたが、裏側で社会科学研究所の係りに指示を出して、私のことをずっと「無断欠勤」としました。

次回、東京大学事実調査班との面談の反訳のほかの部分を紹介します。

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小森文夫教授(東京大学全学調査班班長):我々報告することできないですかね。できないですね。

東京大学ハラスメント防止委員会が立ち上げた全学事実調査班の班長小森文夫教授(東京大学物性研究所)についてです。
タイトルの小森文夫教授の発言の録音があります。

東京大学全学調査班班長小森文夫教授の発言「我々報告することできないですかね。できないですね。」.WAV - Google ドライブ

 

丸川知雄教授に論文指導を拒否されたり、いじめられた私は、最初に事件をより穏便に解決してもらいたいと思って、東京大学の委員会にハラスメント苦情を申し立てました。全学ハラスメント防止委員会が申立の内容および証拠に基づいて全学調査班を設置しました。

しかし、全学調査班は公正に調査を行わずに、共感を作ってくれるところが、証拠捏造や事実隠蔽などのあるまじき行為ばかりしていました。私は何度も人事を通して「事実(証拠)に基づいて全学調査班との対話を通じて、問題を解決したい」とお願いしましたが、全学調査班に一方的に無視されていました。その中、最も責任があるのは全学調査班班長の小森文夫教授です。

東京大学ハラスメント苦情15-1案件に関わる人物のなかで、加害者の丸川知雄教授の次に、小森文夫教授が最も許せない人です。小森文夫教授が調査班班長の身分(私と全学ハラスメント防止委員会との間の架け橋という役割)を悪用し、全学ハラスメント防止委員会に真実を隠蔽し、加害教授を庇うために、学内で立場の弱いの私を振り回して、私の大切な数年間の人生をめちゃくちゃにしました。丸川知雄教授の次に、私に莫大な苦痛を与えてくれた人は小森文夫教授です。

丸川知雄教授と小森文夫教授を絶対に許しません。

 

小森文夫教授が二つの顔を持っています。二回の事実聴取で私が会った小森文夫教授が全く別人です。2015年6月9日から2015年8月2日まで、小森文夫教授にまたは小森文夫教授の周りに一体何かが起きたのでしょうか。時の流れとともに、全ての真相が明らかになるのです。

小森文夫教授とのやり取りは2015年5月25日に東京大学人事部労務・勤務環境課 勤務環境・共済チームが送ってくれた以下の文書から始まったのです。2015年4月6日に申立書を東京大学ハラスメント防止委員会に提出してから、私はずっと一生懸命に研究課題に取り込んでいました。2015年4月から6月頭まで新しい指導教官が二回の研究会(研究課題発表会)を設けてくださったのでした。2015年3月までに、丸川知雄教授および社会科学研究所の石田浩教授、佐藤香教授をはじめ数名の教授から脅迫やいじめを受けていましたが、2015年4月から申し立てながら、新しい指導教官のご指導の下で、新しい研究生活を始めようと頑張っていました。

ところで、2015年5月25日に大学の人事から連絡があり東京大学ハラスメント苦情申立15-1案件に関して、2015年5月21日に事実調査班が設置され、物性研究所の小森文夫教授が班長に任命されたということです。

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2015年6月8日に、東京大学の山上会館にて1回目の事実聴取が行われた。座り方は下図の通りです。私を含めて、会議室に7人でした。小森文夫教授の最初の印象は同人のホームページの写真の通りでした。

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とにかく、1回目の事実聴取が無事に終わりました。終了後、意外なことに、長嶋あけみ相談員が珍しくて私の近況を聞きました。2月半ばまではまだ私に申立を諦めさせていましたのに。

201569日から78日まで大学から何の連絡もありませんでした。

2015716日(木曜日)東京大学人事部労務・勤務環境課 勤務環境・共済チームから連絡があり、83日に2回目の事情聴取が行うと伝えられた。

2015831330分~15時まで、本部棟12階中会議室で全学の事実審査班の三名の方と2回目の事実聴取を行った。人事部の係り二名、長嶋あけみ相談員が同席した。座り方は下図の通りです。

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1回目の事実聴取では、小森文夫教授、I准教授、OKさんの順に私に質問するという形でした。しかし、1回目の事実聴取では、I准教授が一回だけ質問して、OKさんが二言三言発言して、残る時間は全部小森文夫教授1人が話したり、質問したりしていました。私は丸川知雄教授のハラスメント行為を数件申し立てましたが、2回目の事実聴取では、小森文夫教授がその中の一件について、数十分を使って、丸川知雄教授のハラスメント行為の理由を弁明した(丸川知雄教授が私を罵った前に、記憶が曖昧だったから、誤解していたからなどなど)。その場で、私は目の前の小森文夫教授が全学事実調査班班長としているのか、それとも丸川知雄教授の弁護人として発言していたかという疑問をもっていました。

その場で、私が小森文夫教授に聞きました:「教授たちが後で記憶が曖昧だったとか、誤解とかと言い訳をして、恣に学生を虐めることができるということでしょうか?」

小森文夫教授がはっきり返答してくれませんでした。

 

2015年8月3日2回目の事実聴取の時に、私が全学調査班に「博士課程三年間、丸川知雄教授に何度も論文指導、研究指導をお願いしましたが、結局三年間に論文指導は一回だけで、30分の面談だけでした。それ以外に丸川知雄教授にずっと指導を拒否されていました。」と申し立てましたが、小森文夫教授「時間の問題ではなくて」「ですから、博士論文というのは自分で頑張るもんだというのが丸川先生の認識だということですね」と返答してくれました。

 

2015年8月3日2回目の事実聴取の時に、私が社会科学研究所の事実調査班及び石田浩前所長との面談の録音データを提出した。私の陳述を聞いて、全学事実調査班班長小森文夫教授が「社研のことについて我々報告することできないですかね。できないですね」と仰った。小森文夫教授の言葉に非常にびっくりしましたが、その日小森文夫教授の最初からの態度に合わせて考えると、小森文夫教授丸川知雄教授の立場で丸川知雄教授の代わりに言い訳をして、丸川知雄教授および社会科学研究所の不正行為を全般的に隠蔽する姿勢もはっきり分かりました。2015年6月9日から2015年8月2日までの間に、何かが小森文夫教授に全学調査班班長から丸川知雄教授の弁護人に変身させました。

2015年10 月31日に東京大学人事部労務・勤務環境課 勤務環境・共済チームが郵送した「全学事実調査班報告書」が届いた。「報告書」に丸川知雄教授の問題点がいろいろと指摘されたが、証拠変造・事実隠蔽などの(意図的に丸川知雄教授を庇う)ところをたくさん発見しました。証拠変造・事実隠蔽のほかに、たとえば下図の丸川知雄教授からのメールについて、全学事実調査班(小森文夫教授)は「このメールは学生指導として書かれたものと認定できる」と報告書(全学事実調査班報告書7ページ目下から9行目)に書きました。

ちなみに、東京大学社会科学研究所の調査報告書には丸川知雄教授のこのメールについて「不必要に強圧的な表現が含まれている」と書いてある。

 

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上図は東京大学社会科学研究所の調査報告書の結論の部分です。

 

2015年10月31日に届いた「全学事実調査班報告書」と2015年4月8日に届いた「社会科学研究所調査報告書」を読み比べ、同じ事件に対して丸川知雄教授の説明(詭弁)が全く違うというところが沢山ある。メールで本件担当理事南風原朝和教授に報告書への異議を申した。

 

しかし、あれから今まで「全学事実調査班報告書」の証拠変造・事実隠蔽などの問題点について、小森文夫教授から一言の説明ももらっていません(私は人事を通して何度も報告書への異議を小森文夫教授に申しましたが)。

小森文夫教授丸川知雄教授を庇うために、全学調査班班長の身分を利用し、わざわざ私を2回目のいわゆる「事実聴取」に呼び出した。2015年4月以前は丸川知雄教授が私をいじめていましたが、2015年6月以降小森文夫教授が全学委員会に真実を隠して、申立人の私を振り回して、私の2年間の大切な人生をめちゃくちゃしました。

申立のことは公正に解決されるまでは、諦めません。

私と大学委員会との会話機会を壊していた小森文夫教授も許しません。

自分の申し立てた声、これまでの真相が届くべきところに届けるように、諦めずに頑張ります。

丸川知雄教授のハラスメントといじめに負けません

ブログの更新は久しぶりです。

公開したいもの、公開すべきものがまだ沢山あります。

メールや文書のやりとりのほかに、東京大学ハラスメント相談所を始め、各部署とのやりとりが録音されましたから。

人間は他人からいじめを受けるためにこの世に生まれてきたわけではありません。

自分の人格・尊厳を守るために、私は諦めません。

丸川知雄教授のハラスメントといじめに負けません。

 

 

Enjoy Life with A Brave Heart

    Most of us enjoy shopping, spending money on the things we want. Someone said that “Your life is like a coin. You can spend it any way you wish, but you can spend it only once.” So we should spend it wisely.
    But before “spend” it, we should ask ourselves what is the thing we really want? This is a difficult question for all of us. Actually some people go thorough life and they never stop to think about the purpose of their lives, they are driven by the “urgent”. Even though someone finds out the desires of their hearts, it is not easy for them to make their dreams come true. Few of them can stick to the plans they once make. However, when some of them do realize their dreams eventually, they may find that the things don’t quite turn out the way they expected. Although sometimes the unexpected is better than the real dream, we still may feel a little disappointed. This makes finding the purpose for one’s life even more difficult. We should be prepared for it.
    Well. Living the dream itself is the happiest thing, I think. And besides the things which we are most passionate about, we also should find some simple pleasures that can bring smile or joy to us.
    Find something we enjoy and take time to do it on a regular basis.
    Life will be much more meaningful if we can find the purpose of it.
    Life also will be happier if we can really enjoy it.

    Here comes to the point of today's blog.  Prof. Marukawa Tomoo has designs on taking my "coin" and driving my life to distractions.  Hs harassment wasted several years of my life which is so precious that nothing can compensate for it.  But I still have my "coin" within my hand.   I won't be compelled to give up. 

    Have an inner fortitude and holding out to the last!

東京大学社会科学研究所石田浩教授(前所長)について

 今日は石田浩教授(東京大学社会科学研究所前所長)東京大学ハラスメント申立15-1号案件における役割を話す。

 まず、以下は東京大学石田浩前所長が丸川知雄教授の行為に対する評価です。

東京大学石田浩前所長が丸川知雄教授の行為に対する評価.mp3 - Google ドライブ


 石田浩教授を知ったのは修士課程の時からでした。石田浩教授が社会調査分野で非常に有名だと聞き、私は石田浩教授の授業を履修した。修士課程の時に、石田浩教授に対するイメージは研究態度が厳しく、まじめな方だったのでした。
 しかし、2015年1月に当時社会科学研究所所長としての石田浩教授丸川知雄教授のハラスメント行為や研究不正のことを申し立てから、石田浩教授の対応・態度に唖然とびっくりしました。2015年3月26日に石田浩教授が私に言ってくれた「部署所長として丸川知雄教授のハラスメント行為を認定できる立場ではないが、個人の研究者として、証拠となるメールを読んで、やはり丸川知雄教授の行為が不適切だと思う」この言葉の通り、東京大学の部署所長として、個人の研究者として、石田浩教授は二つの顔を持っている。
 2015年1月6日に私がメールで社会科学研究所の石田浩所長(当時所長、所長任期が2015年3月31日まで)に丸川知雄教授の研究不正、パワーハラスメント行為、アカデミックハラスメント行為を申し立てた。その翌日の1月7日11時から12時15分まで、赤門総合研究棟537室(社会调查室)にて石田浩教授と面談を行った。面談の最後に石田浩教授が「三日間以内ご連絡します」と私に言ってくれた。しかし、あの日から、石田浩教授から何も連絡をもっていなかった。一方2015年1月21日に、丸川知雄教授が「研究室に戻り、(私が履修していなかった)授業に顔を出しなさい。そうしないとと論文指導の4単位を落とす」という趣旨の脅迫メールを私に送ってきた。

 2015年1月26日に私がメールで石田浩教授に「全学ハラスメント相談所にいく」と伝えてから、11点15分から12点45分まで全学ハラスメント相談所にて長嶋あけみ相談員と面谈を行った。その日の午後、石田浩教授からメールの返事をもらった。
 2015年1月29日11時30分から12時15分まで、赤門総合研究棟537室(社会调查室)にて石田浩教授と面談を行った。「社会科学研究所が丸川知雄教授の行為について調査班を設置する」と石田浩教授が私に伝えてくれた。
 2015年2 月12日10時~11時15分(10時~11時30分という予定であったが、途中で社研の教授たちが面談を打ち切った)、赤門総合研究棟533室でSI教授(当時副所長)、MY水教授、佐藤香教授と面谈を行った。社研の教授たちに訊問された感じでした。録音した。再掲となる面談中に、東京大学社会科学研究所佐藤香教授がいきなり犯人を審問するような口調で私に「ちゃんと仕事をした?」(タメ口で)質問し始めた。私がきちんと彼女に答えながら、ものすごく不気味な感じがした。この佐藤香教授は初めて会いましたし、私は彼女の学生や部下でもありませんし、まさにアカデミックハラスメントパワーハラスメントを彼女たちに申し立てたのに、なぜ佐藤香教授がそのような傲慢な態度でタメ口で私を訊問したの?佐藤香教授は丁寧語の使い方が分からないか、それとも初対面の学生の私に対して丁寧に話す必要がないと思っていたの?
 2015年2月25日に、石田浩教授に面談で社会科学研究所事実調査班の教授たちに追い詰められて、非常に不安だと伝えた。石田浩教授に二回目の面談に出席して頂くようと懇願したが、「君がプレッシャーをかけられたと言うから僕が面談に出たら、外がどう我々社研を見るか」と石田浩教授に断れた。その後、石田浩教授がわざと私へのメールに社会科学研究所当時副所長のSI教授をCCに入れて「次回の面談も所長抜きでやります」とSI教授に指示を出した。
 私が石田浩教授に石田浩教授の部下たちが私を追い詰めていると申し立ているのに、石田浩教授がちゃんと調査せずに、私の前でその部下たちにそのままやりなさいという指示を出した。東京大学社会科学研究所所長としての石田浩教授がそういう態度だからこそ、丸川知雄教授たちが学生の人格を貶めたり、堂々とメールで社会科学研究所が受け入れた学振特別研究員が授業でコピペしても気にしないと公言したりすることができるでしょう。所長が庇っているから。
 2015年3月5日10時から11時30分まで、赤門総合研究533室でSI教授、佐藤香教授と面谈を行った(MY教授がなぜか欠席した)。石田浩教授の先日のメールの態度で、今回は最初から追い詰められ、プレッシャーをかけられた。録音した。
 2015年3月26日11時~12時25分,赤門総合研究棟537室で石田浩教授と面談を行った。石田浩教授が「部署所長として丸川知雄教授のハラスメント行為を認定できる立場ではないが、個人の研究者として、証拠となるメールを読んで、やはり丸川知雄教授の行為が不適切だと思う」と言った。石田浩所長の発言を録音した。2015年3月26日12時25分まで石田浩教授と面談を行った後、私は何も食べられなくて、缶コーヒー一杯で全学ハラスメント相談所に行った。13時から14時まで長嶋あけみ相談員と面談を行い、全学ハラスメント防止委員会に申し立てることを決意した。
 2015年3月31日13時45分から14 時まで、社会科学研究所の所長室で石田浩教授に『調査報告書』を要求した。最初は石田浩教授が「部下たちと検討します」とうやむやにする姿勢を見せてくれた。私は「石田先生が部下たちと相談するかどうか、好きにしてください。ただし、『調査報告書』を必ずください」と自分の正当な要求を堅持した。堅持してよかった。後日、2015年4 月8日に社会科学研究所の『調査報告書』が書留で送られた。報告書で丸川知雄教授のハラスメント行為をある程度認定した。ただし、社会科学研究所事実調査班の教授たちが自らの不適切な行為を隠蔽するために、報告書の数ヶ所で彼らにとって都合のいいことを書いた。

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 石田浩教授が社会調査の専門家として人々に崇められているかもしれない。しかし、部署所長として、一人の人間として、罪を犯した部下を庇うために、学生を追い詰めたり、部下たちの暴行を見て見ぬふりしたりした行為は最低である。修士課程の時からずっと石田浩教授を尊敬してきた私はその方の裏顔を知り、石田浩所長の行為に怒りを覚えると同時に石田浩先生のことを残念に思っていた。

東京大学ハラスメント相談所の一部について(下)

 東京大学ハラスメント防止委員会のいわゆる全学調査班の第一回目の事実聴取(2015年6月8日)が終わった後、2015年7月13日10時から、全学ハラスメント相談所で面識のない人事部の係りと一緒に事実聴取の内容を録音データで確認した。その後、長嶋あけみ相談員と個人的に面談を行い、反訳(6月8日分、未修正・未訂正)のコピーを長嶋あけみ相談員に共有した。その時、私の考えは簡単だ。今まで長嶋あけみ相談員がひどい・冷たい時もあったが、反訳を彼女にシェアし、もしこれから事件が公正的に解決されたら、長嶋あけみ相談員のことを許すつもりだった。全てをシンプルにしたかった、その時の私は。できれば、早く解決してもらい、新しい生活を始めたいと願っていた。
ところで、2015年7月16日に東京大学人事部労務・勤務環境課 勤務環境・共済チームから連絡があり、8月3日に2回目の事情聴取が行うと伝えられた。2015年8月3日13時30分~15時まで、本部棟12階中会議室で全学の事実審査班の三名の方と二回目の事実聴取を行った。人事部の係り二名、長嶋あけみ相談員が同席した。
 2015年8月3日二回目の事実聴取の時に、私が社研の事実調査班及び当時所長の石田浩教授との面談の録音データをUSBで提出した。私の陳述を聞いて、全学事実調査班班長小森文夫教授(東京大学物性研究所)が「社研のことについて我々報告することできないですかね。できないですね」と仰った。全学事実調査班班長小森文夫教授の急変な態度にびっくりした。前回事実聴取(2015年6月8日)から今日(2015年8月3日)まで、何があったの?その日、いわゆる事実聴取が終わった後、長嶋あけみ相談員と一緒にエレベーターを降りた時に、私が「今日びっくりした」とか、何を言っても、彼女は私の目線から逃げて無口だった。最後に本部棟を出た時に、私は彼女に「今日、お疲れ様でした」と挨拶しても、長嶋あけみ相談員が無口で去っていった。彼女の後ろの姿を見て、私はとても不思議に思っていた:何があっても、挨拶ぐらい私に返事しても大丈夫でしょう。被害者・申立人の私が東京大学ハラスメント相談所の相談員に無視されて、言葉だけで言い切れない気持ちでした。
 2015年8月4日に私は言われたとおりに、全学ハラスメント相談所に伺い、その前日人事部に渡したUSBを取りに行った。チャイムを鳴らすと、長嶋あけみ相談員が出てきて、USDを私に渡して「私は何もみてないよ」と気まずいな表情で私にそう言ってくれた。「別にその内容が聴かれても見られてもいいですよ」と私が返事した。その日も、彼女がずっと私の目線から逃げていた。
 あの日から、長嶋あけみ相談員から何も連絡をもらったことがない。
 2016年4月25日に私が全学ハラスメント相談所に伺い、2016年度ハラスメント防止委員会委員長が何方かを尋ねて、不服申立の手続をお願いしたが、「委員長が変わるとしても組織が変わらない。君、委員会や人事の連絡方法を知ってるでしょう、自分で連絡したら」長嶋あけみ相談員に言われた。
 「じゃ、東京大学ハラスメント苦情申立書の様式を一枚ください。去年3月26日にもらったその様式です。様式があれば、後で自分で直接に不服申立をします。長嶋あけみさん、今まであなたが私に対する態度がひどいですが、私はずっとあなたのことを許すつもりで、ですから最後に様式だけください」と私は長嶋あけみ相談員にお願いしたが、彼女に断れた。
 「別にあなたに許される必要がないわ。組織はそういうもんだから」と長嶋あけみ相談員がそう言いながら、ドアーのところに行って、私に向かって「今日もいいんですか」と私に帰させる姿勢を見せた。
 東京大学ハラスメント相談所の相談員の態度の傲慢さに非常に驚いた私はその時点で退室せざるを得なかった。ハラスメント相談所を出た時の私は自分に誓った:絶対に申立を諦めない。それと、許される必要がないと言われた以上、もう長嶋あけみ相談員のことを許すことはしない。今まであったことを全部話そう。長嶋あけみ相談員東京大学ハラスメント相談所のスタッフとして、彼女が今まで申立人にこういう態度をとっているから、加害教授丸川知雄教授が何をやっても大丈夫だろうと思うかもしれない。こういう意味で彼女も加害教授の共犯者だとみなされてもいいでしょう。
 

東京大学ハラスメント相談所の一部について(中)

2015年4月6日に長嶋あけみ相談員を通して、申立書1ページ、陳述書(手書き)11ページ、証拠リスト5ページ、メールの印刷などの証拠112ページ東京大学ハラスメント防止委員会に提出してから、一ヶ月経っても、委員会にも長嶋あけみ相談員にも何も連絡をもらわなかった。一方、4月8日に東京大学社会科学研究所の『調査報告書』が書留で送られた(石田浩前所長が郵送してくれました)。報告書で丸川知雄教授のハラスメント行為をある程度認定した。ただし、社会科学研究所事実調査班の教授たちが自らの不適切な行為を隠蔽するために、報告書の数ヶ所で彼らにとって都合のいいことを書いた。

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 それで、2015年5月12日に、私からメールで長嶋あけみ相談員に連絡し、社会科学研究所の『調査報告書』のスキャンファイルを長嶋あけみ相談員に提出し、東京大学ハラスメント防止委員会に提出するようと彼女に伝えた。その日に、長嶋あけみ相談員から了承というメールの返事をもらった。その日の彼女のメールの言葉遣いとかは2月の時より温かったのであった。まるで1月末に私と初めて会った時のようだ。
 2015年5月21日に東京大学人事部労務・勤務環境課 勤務環境・共済チームから連絡があった。それに2015年5月25日東京大学人事部労務・勤務環境課 勤務環境・共済チームが東京大学ハラスメント防止委員会委員長並びに事実審査班長からの文書をメールで送ってくれた。6月8日に事情聴取ということになった。
 私が人事部労務・勤務環境課とのメールのやり取りはいつも長嶋あけみ相談員をCCに入れている。彼女に「私をCCに入れることを希望するならば、申請書に希望すると書いて」と「指導」された。本当は長嶋あけみ相談員を入れても入れなくても、私にとってどうでもいいことだし、いや、2月彼女が私に対してとった冷たい態度から考えれば、本当に入れないほうが望ましいのだが、ただハラスメント相談所の相談員をCCに入れないと、まるで東京大学のハラスメント防止委員会および人事部労務・勤務環境課長嶋あけみ相談員を不信すると公言するようになる。再考して、シンプルのほうがいいと思って、メールのやり取りに長嶋あけみ相談員のメアドをCCに入れることにした。6月8日事情聴取同席のことを同意した。
 2015年6月8日、東京大学人事部労務・勤務環境課のKKさんのメールの指示に従い、12時25分に山上会館にお伺い、14時まで全学の事実審査班の三名の方と面談を行った。人事部労務・勤務環境課の係り二名、全学ハラスメント相談所の長嶋あけみ相談員が同席した。
 6月8日の事実聴取は雰囲気が全体的に落ち着くといってもいい。事実聴取終了後、長嶋あけみ相談員が自ら私に声をかけてくれて、私の生活とかを配慮すること姿勢を見せた。1月末以来久々に彼女の口から「温かい」言葉を出した。彼女がよく堂堂と態度を変えていることに少しびっくりしたが、2月の面談とメールは何なんだと指摘せずに、丁寧に長嶋あけみ相談員に応じた。最後に山上会館を出た時に、長嶋あけみ相談員が「学校は絶対に丸川知雄教授を見逃さない」と私に言ってくれた。その日は分かったことはいくつある:
 長嶋あけみ相談員が全学ハラスメント相談所のスタッフとして、彼女が申立人に取った態度は東京大学ハラスメント防止委員会のメンバーおよび部署の教授かたの態度により変わるということになる。だから、このような彼女を事実聴取に同席させることはメリットデメリットがある。

 メリットは、長嶋あけみ相談員の変わりつつある態度から多少一部の方の態度(目的)を推測できる。

 デメリットはもし委員会や部署の誰が何らかの理由(目的)で申立人にプレッシャーをかけ、追い詰めた時には、長嶋あけみ相談員がすぐ彼らの味方となる。その申立人を追い詰めた誰がどうせ全学のハラスメント相談所の相談員さえが一切見ても見ぬふりをしているから、ますますほしいままにふるまって、申立人を追い詰めたり、追い返したりするようになった。
 しかし、その時は、私はまだ知らなかった。後ほど彼女のふるまいは申立人を追い詰めたり追い返したりするのに、全学ハラスメント相談所の長嶋あけみ相談員のほうが遥かに「専門的」で「上手」である。

つづく